大森町立坂部小学校 (さかべ)
About 大森町立坂部小学校
秋田県横手市大森町坂部小屋ノ沢にある学校跡地。1989年に閉校し、現在は多目的集落センターとしてたまに機能している。狭い丘の上に建てられており、集落に似合わない建造物はインパクト抜群。
スポット評価
終末度合い | 16 |
訪問難易度 | 14 |
観光地要素 | 13 |
化石的価値 | 13 |
総合評価 | 56 |
町民用でしかない交通路は委員たちを趣向の坩堝に誘い込んでくる。おびただしい虫たちが人口減少をあざ笑うように車を囲み、変態どもに強烈な記憶を植え付けてくる迷所といえる。
大森町立坂部小学校のさじなげB級ポイント
Z世代が教科書で知るリクルート事件が山場を迎えていたころ、リアル山場では学校がひとつ静かに幕をおろそうとしていた。小盛りの児童にお財布が耐えられるのは昭和までだったのだ。
その後横山やすし師匠が飲酒運転で事故を起こし、契約解除で閉校にも怒るでしかし。
横手市旧大森町の中心地(現・大森小)から西に17km、ありし日の横荘線線路沿いと元統合元である保呂羽小(現保呂羽山少年自然の家)のある丘を降りるとさじなげ的交通の要所がおばんざい。
南にザッコ又、北に上川大内、足を延ばせば滝温泉と天下のゲロゲロB級地帯でござい。しかし我々は唾液を拭って右に逸れなければならない。気になる集会所は集うためにあるからだ。
大森町立坂部小学校は旧大森エリア最西部に位置し、その歴史は古く1885年にさかのぼる。
現在の位置に校舎ができたのは1914年、1955年にようやく独立校として歩みだした。
1961年には独立した中学校(併置)されたが、1968年に旧校舎は全焼したのだという。
校舎向かいには創立100周年の記念碑が建っているが、残念ながら閉校はその3年後である。
統合先となった保呂羽小も2007年に大森小(当時二代目/現在はもう二校統合しての三代目)に統合となっている。Youtubeには貴重な当時の映像も残されている。
そして時がたち、女郎出よろしく児童の姿は全く見られない。集落の未来はどれほど明るいのか。
この風景だけは変わらないでほしいといつも思ってしまう。
しかし数多見てきた廃村のように、この学校からの眺めもやがて荒れ果ててしまうのだろうか。疲れた目をこすりながら虫よけスプレーをばらまき、我々は泣きながら集落を後にした。