二ツ井町立濁川小学校 ~行き止まり奥に黒闇~

二ツ井町立濁川小学校(にごりかわ)

二ツ井町立濁川小学校 外観

About 二ツ井町立濁川小学校

秋田県能代市二ツ井町濁川にある学校跡地。1892年の開校で、田代小学校の分校を経て1926年に独立校となった。最盛期は43名の児童が通学したが、1982年に閉校した。現在も校舎の一部がかろうじて残る。

スポット評価

終末度合い25
訪問難易度24
観光地要素21
化石的価値25
総合評価95

年に一度あるかないかのショッキング物件がなんとランキング歴代2位のハイスコアをたたき出した。委員納得の立地と気味の悪さ、廃村と歴史のフルコースにお涙ちょちょ切れスペースシャトルである。

さじなげB級ポイント

その存在は以前から認知していたが、我々はここの訪問に3度失敗している。当然田代小訪問時に挑んではいたが、地図で見る風景は実物とは大きく異なる。

道中の県道203号「高屋敷茶屋下線」はかつての林道を活用したもので、現在でも大型トラックがひっきりなしに行き来する林業地帯なのである。そのため工事中や滑落による通行止めが後を絶たない。

二ツ井町仁鮒鬼神前田

現在のスクールバス仁鮒小学校付近で折り返し、上画像のゾーンへは突入しない。

集落2つ目から早くも児童ゼロゾーンということだ。道中の鬱蒼な空気は上小阿仁村八木沢中茂をイメージしてもらえれば想像に容易いだろう。訪問には大量の時間的余裕(能代市街地スタートでプラス半日)が欲しいところ。

能代市二ツ井町小掛

二ツ井町中心地(駅前)から10kmほど南下するとこの分かれ道に出る。左折が田代小へと繋がる203号の続きだが、今回は右折して294号「仙ノ台桧山線」へと突入する。

入って間もなく人間の営みは消え、B級観光の神髄とも言える気味悪さ・一抹の不安・少しばかりの後悔に苛まれることとなる。この町に生まれたことへ感謝し、害獣が出ないことを祈って進むほかない。

道なりに進むと荒れ地を2か所ほど通り過ぎる。その先はT字路になっており、左折して県道314号「濁川上岩川線」に入れば集落がすぐに見えてくる。実際の距離以上に時間と体力の消耗を感じることだろう。

集中を切らさずようやくたどり着く濁川集落は、ぶっきらぼうにその魅力を振りかざしてくる。

能代市二ツ井町濁川
能代市二ツ井町濁川

県道沿いの墓場から反れた細道の先にある数軒の家屋たち、それこそが能代市最南端の証である。

2019年末のデータでは7世帯10人とされているが、それ以上にいくつもの廃屋が視界を離れない。最盛期は林業が活発だった1950年代で、後述する釜谷地区と併せて47世帯150人近くが生活していたという。

能代市二ツ井町濁川 タクシー

集落の中心地には一応予約制タクシーの停留所があった。集落の運命と公共交通の採算はいつまでも相容れないことがよくわかる。遠くで草を刈る機械音が聞こえるが、車は一切通らない。

野鳥の鳴き声がよそ者の侵入を告げている。虫という虫が周囲に纏わりつく。嗚呼人間は強く生きている。

二ツ井町立濁川小学校 入口

しかし驚くべきことに、学校は最南端集落の更に奥で生き延びていた。

かつてここまで戦闘力を潜めた廃校があっただろうか。その姿はあまりにも突然表れる。

二ツ井町立濁川小学校 拡大

水たまりと毒沼に守られた最奥のラスボス、少なくとも10年は使われていないだろう。

一応公民館の扱いになっているが、車が侵入した形跡ひとつない。中は荒れ果て、鍵がかけられていた。

二ツ井町立濁川小学校 側面

かつて40名もの児童が通った学び舎とはとても信じられない。我々はまやかしを見ているのだろうか。

圏内で現存する廃校舎としては間違いなく最も辺鄙な立地である。それゆえ衝撃も大きい。

能代市二ツ井町釜谷

ちなみに学校から更に1kmほど南下すると釜谷地区にたどり着くが、ここは2013年に廃村となっている。

2018年の資料では、耕作のため3名が通っているという。17世帯が暮らし、子どもたちが育った歴史も写真も見当がつかない。わずかな陽炎が人口減少を我々につきつけている。我々には虚像としか思えなかった。

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