上小阿仁村八木沢 ~強豪電柱とマタギたちの里~

上小阿仁村八木沢(やぎさわ)

八木沢集落 南

集落の夏。何にも遮らない小鳥の鳴き声が響く。

About 上小阿仁村八木沢

上小阿仁村沖田面八木沢に位置する集落。メイン道路の国道285号線及び最寄り集落の不動羅(旧上小阿仁ドライブイン付近)からは大きく離れており、約10kmの崖沿いの道路を30分近く車走らせた先にある。まさしく現代の秘境と呼ぶにふさわしいレアスポットのひとつと言える。酷道度合いに関しては並みの廃村と張り合えるレベルだ。

スポット評価

終末度合い16
訪問難易度20
観光地要素17
化石的価値23
総合評価76

「海外からの観光客が来たら一番最初に連れていきたい(サエモン談)」。道中の険しさは車がない時代の住民の苦労とフロンティアスピリッツを思い起こさせる。数年前には「KAMIKOANIプロジェクト」と銘打ったアートプロジェクトが開催され、1か月半の開催期間に県内外から1万人近くの観光客が訪れた。

しかしイベント開催時以外は時代を感じさせない肥沃な田園風景を見せてくれる。閉校した「沖田面小学校八木沢分校」の校舎に駐車すれば1時間足らずで集落を一周できるため、まちあるきにもオススメ。中茂集落と併せて訪問し、違いを楽しむのもまた一興である。

特徴

80年ほど昔には「富裕村」と呼ばれ、時代を席巻した林業の村。秋田市川反の繁華街に遊びに来た村民は「腰巻のように一万円札をベルトに挟み、社員全員を連れて朝まで飲み明かした」という伝説がある。その時代には285号線中のトンネルも存在せず、脇にある沢沿いの山道を歩いて八郎潟の市まで出かけていたらしい。東側にある阿仁から切り開いてきたマタギ(狩猟民族)たちのパワーとスタミナは計り知れない。

この「八木沢」という集落の道中は場所によっていわゆる「酷道」のような状態になっているが、その間に見えるいくつかの脇道たちは廃村への入口。餌刺岱(現在の住所とは違う場所)や大錠といった集落がかつて存在したが、現在はゼンマイなどが栽培される畑のみで住民は10年ほど前に沖田面などへ移住している。

そんな中、いまもなお生き残る八木沢の姿は非常に美しい。

八木沢集落 南6

わずかな平野でも先人は切り開いてきた。美しい棚田が輝く。

八木沢集落 南5の冬

ほぼ同位置からの八木沢集落。冬の訪問は運転に注意!!

冬は訪れることすら躊躇われるほどの豪雪地域ながら、(中略)”取り残された”というネガティブが”奇跡的に残っていた”とポジティブに転換されたとき、そこにある風景も文化も、そこに暮らす人々も突如として輝き始める。 ―「BRUTUS No.761」2013年9月1日号

夏に賑わいを見せるアートイベント。今後別の形で復活もしくは継続するのかは不明だが、上小阿仁南沢の人たちは特に優しい。そしてここに携わるライフライン関係の業者にはリスペクトが止まらない。

15人ほどが暮らす八木沢集落には、日本の四季がはっきりと映し出される。

八木沢集落 入口

八木沢集落の入口(2013年)。橋や河川に注文が行きがちだがこちらも良い。

八木沢集落 入口の冬

八木沢集落の冬(2018年)。冬の八木沢は雪たちのプライベートビーチだ。

時が止まる風景の数々に足も止まる。足が止まると電柱にも目が留まる。

八木沢集落 小阿仁幹線

小阿仁線523番。集落の脇を流れているが「小阿仁川」という。

そう。八木沢の魅力はその風景や歴史や人々だけではない。電柱もハンパねぇ。

どこを経由してやってきてるのかについては後日調査予定です。523本かぁ…

奥にある萩形(はぎなり/※)ダムの関係で、道中は意外とトラックが往来するため停車はオススメできない。しかし余裕があるときはぜひ車を停めて「電柱がどこを経由しているか」を見てほしい。八木沢に灯る光がいかに尊いものであるか、芸術の陰にある日常にスイッチしてみるのも悪くない。

※萩形集落はダム建設により移転(後日まとめる予定。昭和39年から45年にかけて集団・個別移転があった。)

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