保滝沢集落 ~小盆地の桃源郷、作物とともに~

保滝沢集落 (ほたきさわ)

保滝沢集落 外観

About 保滝沢集落

秋田県大館市山田保滝沢にある限界集落。戦後最盛期には11戸が生活したが、現在は2戸(目視確認)が静かに暮らしている。かつては山田小学校保滝沢冬季分校が建っていたが、それも閉校している。

スポット評価

終末度合い18
訪問難易度16
観光地要素14
化石的価値14
総合評価62

地図では確認していたものの、実際に訪問すると引き返そうかと不安になるほど他集落とは離れている。山間部やガケ地帯ならまだしも、盆地の奥に赴く場合は進捗がつかみづらいので苦労する。それでも知る価値がここにはある。

さじなげB級ポイント

当委員会ではまだ取り上げてこなかった下川沿エリアが重い腰を上げる。
早口と併せて鷹巣~大館間は観光客から見捨てられており、合併とは何かを提起してくる。

下川沿は「蟹工船」を発表したプロレタリア文学を代表する作家小林多喜二の生誕地として知られている(※4歳で北海道に移住している)。

保滝沢集落 入口

そんな集落内の小さな三差路を北上すると、ほどなく現代産業遺産筆頭候補である「交通安全ゲート」がご顕現なされる。市営住宅in花岡以来の再会に、おてんと様もゆくりなく嬉ションをご提供された。

山田集落へぶち抜きたい衝動を一旦抑え、ここは右折してカーステレオのFMを停止させる。すぐ見える柏木集落を通り、もはや行き止まりに見える建材工場が見えたら諦めることなく直進を選択してほしい。左手に工場見学が始まろう。

保滝沢集落 工場

工場用地にも見えるが、集落はこの先にある。やや道路が狭くなり、工業橋梁をくぐって毎度おなじみ草花からのソフトタッチを受ける。
カーブミラーはほぼほぼ機能していないため、飛ばし過ぎないよう注意したい。

道中に家屋がないため、神馬沢集落の記憶を思い返す。奥地から過疎が進行し、この旅もいずれ人影を感じなくなるのかと考えると心が痛む。

保滝沢集落 遠め

3kmほどで保滝沢が見えてくる。入口には消えかけた大字看板もあり、到達したことを証明してくれる。ここはストリートビューにも掲載されているので、是非オンラインでも体感していただきたい。

保滝沢集落 内部

集落手前の畑はまだ耕作されており、営みを感じさせる。
上の写真は集落中心部だが、6戸ほど見える家屋が半分以上が廃屋となっており寂しさを醸し出している。奥は行き止まりとなっており、軽以外は回転不可でこちらも小さな畑が確認できた。

ここはかつて「山田小学校保滝沢冬季分校」が開校され、1954年から16年間に亘って若人を育て上げた。「秋田・消えた分校の記録(2001)」では「校舎は個人の農業用倉庫として残っている」との記述があるが、掲載画像と類似する小屋を見つけることはできなかった。

保滝沢のように学校があった集落でも、地区自体の歴史や文化を記す資料は少ない。原野山林に回帰して語り手がいなくなった未来でも、我々は学び続けなければいけない。全員が忘れたときこそ集落の最期といえよう。

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