由利町立西沢小学校 サムネ

由利町立西沢小学校 ~悲劇の二重ツーアウト~

由利町立西沢小学校 (にしざわ)

About 由利町立西沢小学校

秋田県由利本荘市西沢字舞台5番地にある廃校。1989年に閉校し、現在「木のおもちゃ美術館」として使われている鮎川小学校へと統合された。

スポット評価

終末度合い23
訪問難易度15
観光地要素20
化石的価値23
総合評価81

委員納得の高得点物件が浮かび上がった。その不気味さと住民の視線は薄っぺらい笑顔と共に在り、消え去ることのできない過去のトラウマとして嫌らしく君臨している。

由利町立西沢小学校のさじなげB級ポイント

夏の暑さはときにドライバーを狂わせる。しかし元からイカれたリパールーどもには短所×短所となり、緊張と冷静を生み出す脚光の危ないクスリともいえるのだ。

何もキマってはいないが、どや顔の委員3匹を連れてボロ軽は今日も往く。馬鹿な趣味にハマったら最後、熱気ムンムンのオトコ3人…何も起こらないはずがなく…

由利本荘市西沢字舞台

欲求不満なミスター弱者共、休日の朝からマンコ将軍に草の根運動を展開していた。

朝立ちを欠かさない男魂の化身こそ秋田県人の鑑である。大幅な非公開自慰(タイムロス)を悔やみながらも、由利原高原へと進む道中にそれはある。道路沿いは木々に囲まれ、通常は気づけない。

由利町立西沢小学校 校門
由利町立西沢小学校 入口

由利町立西沢小学校は1989年の閉校、学校の周りには集落がひとつしかないが、かつては西上原分校、南由利原分校、東由利原分校(1960年代に閉校/いずれも正確な立地不明)を支える中規模校であった。

由利原高原は戦後に開拓された新しい集落群であり、現在は牧場やリゾート地になっているがかつては集落群が存在する忘れられた歴史のオーパーツエリアなのだ。

虻蜂取らず、共に死す
ゆりの里郷土資料館

中でも注目なのが、この学校は廃校後「ゆりの里郷土資料館」として再利用された点にある。

しかしこの広いネットの渦に、資料館としての経歴は一切見受けられない。お察しのいい善良な民はおわかりだろうが、当然資料館としても閉業扱いとなっている。県内では二ツ井町立田代小学校と並び、大変珍しいケースである。

ゆりの里郷土資料館 看板
由利本荘市西沢田代

西沢小からは丘を越え、由利原高原を通るとにかほ市矢島地区へ至ることができる。

しかし見下ろせばわかるように、周辺一帯は坂道が多く、産業や勉学にはやや不向きだったといえる。令和の時代にこそ郷土資料を見返したいと思う委員一同だったが、いつか開かずの扉が開くことはあるのだろうか。すべからく異性の心も開かないのがもどかしい。夏の暑さは常識を狂わせる。

【追記】
99年のゼンリン住宅地図「由利町」には確かに「ゆりの里郷土資料館」と記されていた。北側に「石油資源開発鮎川宿舎」も記されていたが、こちらは解体されたようだ。