マンコ将軍の墓 ~雄偉なるオトコの蹉跌~




マンコ将軍の墓 (万箇将軍)

マンコ将軍の墓 外観

About マンコ将軍の墓

秋田県由利本荘市町村木戸口54にある旧由利町の指定史跡。1300年近い歴史があり、とあるお寺の境内背後にある山端に彼女は眠っている。
入口や周辺には丁寧な解説看板があり、過小評価も甚だしい隠れた名所である。

スポット評価

終末度合い15
訪問難易度20
観光地要素19
化石的価値18
総合評価72

漢字が読みづらいため、当委員会ではカタカナ表記を採用した。普段近現代の退廃スポットを巡っている我々が、珍しく神社仏閣を訪ねることとなった。
昭和期に行政が刊行した市町村紹介冊子にも掲載されている史跡のため、町として推していきたかったことは然るべき判断であろう。

さじなげB級ポイント

ティーン振興策の侵略により、2020年に入って数少ない心の拠り所が解体されてしまった。ただ廃校を活用した玩具美術館は理想的な再生ケースと言わざるを得ない。

しかしながら、我々はその奥に秘宝が隠されているという情報を掴んだ。
湧き出る欲望を抑えつつ車を走らせた。熱い夏の日のことだった。

由利町 瑞光寺

駐車場からは一見お墓が並んでいるだけに見えるが、写真左奥にある階段が不自然に伸びているのが確認できる。

もしや近隣の店舗が移転したのだろうか。いらぬ胸騒ぎ。

マンコ将軍の墓 入口

細く長く伸びる道のりが克己心を掻き立てる。長らく訪問者がいないのか、階段を横断するように大量の蜘蛛の巣が張り詰めていた。手汗が増える。

出不精な筋肉を奮わせて頂に参上すれば、少し開けた空間が広がっている。
お墓を囲むように、説明の看板(新旧2枚)や参道を示す標柱、経石(経文を記した石)保存堂などが立ち並ぶ。意外に内部は数の子天井。

マンコ将軍の墓 全景

ここには宋の国からの使節団の長が眠っている。朝廷に向かっていたが航海の途中で暴風雨にみまわれて象潟付近に漂着、そのとき献上品が光り輝き、命からがらこのお寺に導かれたがその後病に倒れたという悲しい歴史がある。

なお、献上品は住職の手によって光明皇后(第45代天皇)に無事届けられたという。遺言を守り、かつ墓を建てて死者を弔った住職の男気がこの地にある。

マンコ将軍の墓 背面

ちなみに、「万騎の戸数を部下とする者」を「万箇将軍」と呼ぶのだという。

偉大なる軍曹の遺伝子…是非とも現地で、生で感じていただきたい。




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