山内村立吉谷地小学校 ~せせらぎの転換期~




山内村立吉谷地小学校 (よしやち)

山内村立吉谷地小学校 校章

About 山内村立吉谷地小学校

秋田県横手市山内平野沢字蕨台5にある廃校跡地。建物がそのまま残り、地区会館として利用されている。周辺は美しい自然に囲まれ、学び舎として絶好の立地にある。

スポット評価

終末度合い16
訪問難易度15
観光地要素17
化石的価値18
総合評価66

地区唯一の非メイン道路沿いであり、黒沢・南郷・三又からもう一回り静けさが増している。我々がもっと早く知っていたら、中嶌が狙っていた山内出身の女性を射止めることもできたに違いない。

さじなげB級ポイント

きっと世界の共通言語は笑顔じゃなくて英語だと思うさじなげ委員一同、相野々駅に降り立つノスタルジックは車では味わえない。

コンパクトな駅前通り(画像下)を歩いた日は思い出と言うほかない。そのまま南下すると南郷三又エリアとなり、一日1本のバスが気合を入れている。

山内村相野々駅前

山内体育館を南下すると左に開けた軽井沢地区が見えてくる。ここは1999年に完成した大松川ダムの湖底に沈んだ福万集落(1985年分校閉校)と、その奥で荒地として残る外山集落(1973年分校閉校)の方々を中心とする移住団地として整備された場所である。

一か所に移住地がまとめられるのは理想的なまちづくりである。かつて児童が寄宿舎生活を強いられるほど奥地にあった集落は静かに眠っている。

山内村立吉谷地小学校 外観

本題に移ろう。軽井沢住宅団地の手前「武道」行きの看板を右折(南下)すると細い路地が始まる。川沿いの眺めは思わず見とれてしまう。

1kmあまり進むと吉谷地集落で、そこから更に1km強進むと上画像の建物が見える。木々に囲まれているが、校門もあるので一目で学校とわかる。

山内村立吉谷地小学校 全景

山内村立吉谷地小学校は1941年の開校で、1957年に現在地に建築された。その後1962年に山内小の分校から独立した。村史にはこう綴られている。

ゆたかな大自然の山懐に抱かれ、地域の人々の温かい協力に支えられながら、小規模の充実した営みがなされていた。

山内村史(1990)より一部抜粋
山内村立吉谷地小学校 正面

しかし時代の流れは正面からやってくる。惜しまれながらも1986年に閉校となり最後の全校児童7人は山内小に転入となった。

時代に反した造りを残す山内村の少子化は厳しく、その後松川小(1990)、筏小(1991)、南郷小(1992)、三又小(1997)、黒沢小(2001)と次々に閉校した。2018年には村唯一の中学校山内中も閉校となってしまった。

横手市山内平野沢武道

学校の先には行き止まりの武道地区があり、川を挟んで上下に十数戸が立ち並ぶ美しい集落だ。舗装道を南下すると増田町湯野沢まで進むことができる。

合併後の山内地区は鶴ヶ池荘以外厳しい迫害を受けているが、まだこんな景勝が残っているとは思わなかった。いきいきさんないをもう一度取り戻したい。




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