廃村 大仙市田ノ沢 ~身を潜めしゴーストキング~




廃村 大仙市田ノ沢 (たのさわ)

廃村 田ノ沢 住居

About 廃村 大仙市田ノ沢

秋田県大仙市土川西今泉家ノ後および家ノ前にある廃村。最盛期6戸で、2015年までに全員が離村した。周辺集落からは大きく離れた未舗装道の先にあり、平成期にインフラが機能していた事実をにわかには信じがたい。

スポット評価

終末度合い24
訪問難易度25
観光地要素23
化石的価値25
総合評価97

委員満場一致の歴代最高得点を獲得した。廃墟廃村訪問を幾度となく経験した我々でも恐怖を感じる道のりであった。300年以上の歴史を持つ集落の灯が消えた証拠はあまりにも遠ざかり、その事実を受け止めきれずにいる。

さじなげB級ポイント

廃村は山間部や群境などの行き止まり地帯に発生しやすいため、我々は田ノ沢の存在を後回しにしていた。大字が住宅地のため、騙されていたのである。

しかし住宅地図を開くことでその慢心は粛清を受けることになる。
初心に還り、旺盛な好奇心を持つ独身トリオの心境は明鏡止水。少しばかりのおめかしが流れゆく時間を盛り立てる。そんな出会いが今日も待っている。

廃村 大仙市田ノ沢 入口

道の駅かみおかから西仙北高校方面へ北上し、協和稲沢へ抜ける県道285号「水沢西仙北線」へと入る。途中角館方面へと延びる大きな十字路に差し当たるため、それを左折するとすぐ右に上画像の風景が見えてくる。

ご丁寧に「田ノ沢」と集落の入口を示す看板があるが、もはや廃村訪問を歓迎する目印へと没落したものだ。同様の事例が五城目町川堤でも確認できる。

廃村 大仙市田ノ沢 道中

道中は電柱があるためまだ安心できるが、未舗装の荒い砂利でアップダウンやカーブが連続するため大分難儀で距離を感じることとなる。

写真はまだ安定した場所で撮影しているが、ここ以外はほぼ森林起動跡を辿るかのような状態が続く。そのため中嶌のドライブレコーダーが振動により録画不良となるほどであった。これは探索していて初めてのことだ。

廃村 大仙市田ノ沢 道中続き
(社内からサエモンが撮影)

途中随所で貯木を確認できる。集落手前の上画像近くには「林業専用道 土川2号線 平成29年竣工(設計速度15km/h)」という看板が建てられていた。

これでも整備されたということだろうか…。画像手前は二手に分かれており(画像は右折)、左折した先は林道となっていたのでこれを意味している可能性もある。

ちなみに後でわかったことだが、林道の先は開拓村田ノ沢の跡地だという。1948年に7戸が入植したが、1975年に全員が移転した。こちらは完全なる原野に戻っており、往時を確認できるものはないという。

廃村 大仙市田ノ沢 ようこそ

そして数キロでも20分以上かかり、ようやく見えてくるのが田ノ沢集落跡地。

急に舗装道になるが、鳥のさえずりしか聞こえない空間は廃村特有のそれだ。いつの間にか標高が100mほど上がっているのも納得の悪路であった。
林業作業用地?となっているのが集落南部(家ノ前)はまだ使われている形跡が感じられた。

一旦落ち着いて住宅地図を開くと、画像の右は「土川小学校 田ノ沢分校」跡地だという。
先ほど言及した開拓入植があった1948年に冬季分教場(民家を間借り)として開校し、移転が相次いだ翌年の1976年に閉校している。

秋田・消えた分校の記録」には2000年頃に撮影された同場所からの画像が載っている。それでは巨木が集落入口を覆っているが、いずれも伐採されたことを確認できた。

廃村 大仙市田ノ沢 家ノ後

集落の北側(家ノ後)は4戸ある家屋がいずれも倒壊・半壊しており、サムネで載せたように生活の足跡が雨晒しとなっている状態だった。
大半が他界された方の住宅のため、このまま朽ちていくこととなるだろう。

集落の北端には、小さな祠が残っていた。
御神体だけが田ノ沢の最期を看取る日もそう遠くない。

※家ノ後から協和水沢へ至る山道が残っているが、草木が生い茂り車の通行は不可能となっている。来た道を引き返す以外に方法はない。

廃村 大仙市田ノ沢 廃屋

この地はかつて、NHKの「限界集落」特集で取り上げられた集落だという。
それから10年余りの時を経て、その命は終わりを告げている。

生きた人間の営みだけが我々の知るべき事象なのだろうか。
静寂を紡ぐ田ノ沢から、重いメッセージを背負った夏の日差しが刺さった。




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