廃村 鷹巣町東又 (ひがしまた)

About 廃村 鷹巣町東又
秋田県北秋田市鷹巣町綴子字鍋越沢および日影沢出口にあった集落跡地。最盛期9戸で、1973年に集落再編成事業で全戸が離村した。家屋が1棟だけ残っている。
スポット評価
終末度合い | 19 |
訪問難易度 | 22 |
観光地要素 | 15 |
化石的価値 | 16 |
総合評価 | 72 |
近隣の廃村西又と併せての掲載となる。手前の岩谷集落も空前の灯であり、ギリギリ生きている鷹巣の奥ゆかしさを感じられる名スポットである。
廃村 鷹巣町東又のさじなげB級ポイント
北秋田の交通安全をチェックしたのち、車は8kmほど遡上することとなる。
途中開けた田園や狭い路地を越え、少しづつ家屋が減っていくのを感じる。これこそ絶頂に達する集落訪問の醍醐味である。たまらない幸せだ。

県道200号「矢坂糠沢線」(平成期に整備された)は北上したのち南東に方向を変え、砂利道を経由して廃村一通と綴子小田に至るわけだが、反抗して分かれ道のある岩谷集落に着いたら更に北へと向かってほしい。
かつては廃村含め約40戸が暮らした地区らしいが、今は5戸いるかどうかといったところだ。北端には綴子小学校岩谷分校(1881~1979)跡地に公民館兼林業センターが建つ。茅葺きの剥がれた古い住宅の入口は堅く閉ざされていた。

400mほど未舗装道を北上するとT字路になり、左が西又、右が東又に続く。
先に西又に行こうとしたが水流と崩落防止の銅板が刺さっており、普通自動車では通行に不安があったためその場に停車した。

その先も上画像のトラップが複数あり、気軽な見学を許さない神の怒りが感じられた。マップ上では数棟の家屋が確認できるが、真夏の訪問だったため家屋手前の畑を確認したのち引き返してしまった。
段差に躓いてから改めて東又に向かうことにした。崩落して転がっている岩石を気合でずらし、車を草木になでられながら未舗装道を2kmほど進むと目的地だ。

全景は一番上に載せた画像の通り。西又と共に、当時の住民(大半は糠沢のひまわり団地に移転して暮らしている)が現在も耕作に通っているのが確認できる。
東又は跡地手前までストリートビューが整備されている。Google社が引き返した森の宝物を是非現地で確認してほしい。