松子沢自治会館 (まつこざわ)
About 松子沢自治会館
秋田県鹿角市尾去沢新山33-17にある公民館。現在休業扱いとなっているが、倉庫として使われているのかも怪しい。手前には遊具がぞんざいに呆けられている。
スポット評価
終末度合い | 17 |
訪問難易度 | 12 |
観光地要素 | 16 |
化石的価値 | 15 |
総合評価 | 60 |
知識という武器を享受しなければ、この町を楽しむことは難しい。鹿角の民が募らせる秋田への怒りをくみ取ってこそ、より深い坑道に入っていけるのである。
松子沢自治会館のさじなげB級ポイント
尾去沢地区を取り上げることにはいつも躊躇いがある。観光地としての一面はもちろん県内外に誇るべきものだが、その陰には暗い歴史とそれを背負ってきた人たちの末裔がいることも忘れてはならない。
鉱山夫は独自の文化を形成し、20代で亡くなる旦那を看取ったのち生涯で3度の結婚を強いられる女性がいた時代がすぐ手前にあった。安全第一の時代こそ現在が手に入れた財産のひとつだ。
以前掲載した水晶山住宅跡地も記憶に新しい。彼らは公衆浴場(画像右奥の建物裏にあった)で互いを労い、迫りくる死と共に日々闘い続けていた。
小坂鉱山同様、閉山の際には凄まじい反対運動が起こったという。現代でいう倒産だから当然か。
鹿角市史には抗議に燃える多くの鉱山夫たちが載っている。地元に帰らざるを得ない者もいただろう。
今宵の舞台となる地の1970年と2016年の比較をご覧いただこう。
横長に見えるのは全て鉱山社宅(及びその跡)だ。多くの人が離村し、生まれた町。
鉱山集落がおしなべて街づくりに積極的でないのも頷ける。変わり続けてきたのだ。
沈まぬ夜 沈む土
改めて依頼品を見てみよう。松子沢自治会館は1980年代の建築で、尾去沢地区北部の端っこかつ坂道の最中に建てられている。
しかし50m手前に軽井沢自治会館がその跡すぐ建てられており、あっという間にお役御免になったものと推察される(年代は後日追記)。
どのような経緯でここに遊具を設置するに至ったのか、全くもって想像がつかない。
これでも2014のストビューでは綺麗に草が刈られているのだが、その人物が亡くなってしまったのかやや荒れ地になっているのが見て取れる。
何と言っても芸術点の高いのが、ひとつだけ離された鉄棒の寂しさである。昔を思い出す。
しかし戦後近辺の資料を見ると、松子沢付近はスポーツ施設が整備されていたことがわかる。
そして北には大きな沈殿池(鉱滓ダム)がある。我々が確認できるはるか昔に、この地(及び池のエリア)に想像以上の人間が生活していた証ともいえる。その証拠に付近には多くの使われていない自治会館があり、その場所がかつての集会所の名残だと推察される。鹿角は奥が深いのである…