鳥海町立笹子小学校上椿分校 (かみつばき)
About 鳥海町立笹子小学校上椿分校
秋田県由利本荘市鳥海町下笹子上椿にある学校跡地。校舎は便宜上地区会館として残されているが、敷地は個人の敷地となっている。
スポット評価
終末度合い | 22 |
訪問難易度 | 16 |
観光地要素 | 15 |
化石的価値 | 23 |
総合評価 | 76 |
学校と知らなければ誰も気づかない立地と存在感だ。小さな学び舎で子供たちが育った時代を知ることはできないが、その努力は行くだけでハッキリとその目に届く。
鳥海町立笹子小学校上椿分校のさじなげB級ポイント
古くは「自然古」と記した山間の集落が、令和の廃墟界を賑わせる。田畑に乏しかった雪深いこの町では、遠く院内駅まで石炭と養蚕業を届けることでその命を紡いできた。
108号線開通前の上笹子峠ノ沢林道は県内トップの難所として名高く、バス運転手が現在にいればアニメ化確実なプロドライバーたちだったのだ。
道の駅清水の里・鳥海郷や羽後町高瀬仙道から伏見地区に向かう道中、市民の台所「コンビニエンスSATO」付近から森に向かって車を走らせる。
少し入った先にある大平分校の2km南にあるのが上椿集落だ。この距離でも分校が必要だったというその意味を考える必要がある。それくらいの時間はあるはずだ。
実質的な行き止まり集落である。車で一周するのも大変なねじれに囲まれた場所だ。
それでも小学生のお子さんが住んでいたりする。では彼が通うはずだった場所を紹介しよう。
小さなオーパーツ
鳥海町立笹子小学校上椿分校は1950年の開設(民家を間借り)で、1978年に閉校したことだけが判明している(笹子小学校沿革誌/上画像は2000年頃の様子)。
大平同様、夏は本校舎に通っていたという。冬季分校が必須の豪雪地帯なわけだ。
初回訪問時は、集落最奥にあるこれと廃屋が学校跡地かと思っていた。それほどに、上椿の敷地は狭くガケ際なのだ。子供が遊ぼうものなら、毎日落下者が続出していたことだろう。
常時10名ほどが通ったというが、12世帯ほどの集落にそれほどの児童がいたことの方が驚きである。いかに若者が地域にとって必要とされていたかがわかる数字である。
いまは地区会館として…使われているのだろうか。校舎にはその名称すら掲示されていなかった。