中野R-5号採油井
About 中野R-5号
秋田県潟上市昭和豊川槻木字真形尻にある近代産業遺産群のひとつで、油を採掘するための櫓。周辺には中野R-5号のほかにも油田資料館やタールピット、木製リールの黒川3PP(石油を引き上げる一連の仕組み)などが当時の姿のまま残っている。
スポット評価
終末度合い | 16 |
訪問難易度 | 10 |
観光地要素 | 18 |
化石的価値 | 20 |
総合評価 | 64 |
ここいらでは貴重な「しっかりとした産業遺産扱い」を受けているが、予算不足のため保存状態は決して良好とはいえない。資料館と併せて大仙市の物部長穂記念館並みに見どころ満載だが、見学には事前予約が必要な場所もあるためややハードルが高い。そして解説してくれる人がいないとさっぱりわからないほど歴史が膨大。
中野R-5号のさじなげ的B級ポイント
潟上市昭和地区は近代において秋田市のベッドタウン的役割を務め、近年までは人口も増加の一途をたどっていたシティーである。しかし昭和地区東部を占める豊川地区は、かつて栄華を極めた八面六臂のオイルカントリーだった。
“大正2年から油田の出油に成功し、年間86,800KLを産油し、掘られた油井の数は718本と、石油王国秋田において有数の油田地帯” だったとされる。(出典:潟上市)
地元解説員いわく、86,800KLとはだいたい「現在の日本国内で消費される7日分」らしい。てことはお金に換算すれば…という汚い計算はやめておこう。
それを今に伝える遺産が残っているということの方が、現代人にとってはよっぽど大切なことだ。
更に豊川は油田だけではなく、天然ガスや天然アスファルトも採掘されたという。日本初のアスファルト舗装にも”秋田産”が使われたことから、道路の歴史上重要な転換期を賄ったといえる。
てことは地元に落ちたお金を推測すれば…という汚い計算はやめておこう。
当サイトには地理歴史オタクが不在だが、「豊川油田展示室」にはお涙ちょちょ切れの詳しすぎる資料が目白押しだった。ここには載せられないが、「おいおい戦争かよ」と思うほどの煙が立ち上る豊川の姿は現在からはとても想像がつかない。是非往時の写真や資料をその目で見ていただきたい。
現在の豊川地区は廃校となった旧「豊川小学校」をリノベーションし、地域住民の利用できるコミセンへと生まれ変わらせた。利用率も高く、住民同士のコミュニケーションは活発だという。
住民もいい人ばかり、そして熱意ある保存会のみなさんもいる。しかし遺産が保存し尽せないということは行政の…という汚い計算はやめておこう。