廃村 袖川 (そでかわ)
About 廃村 袖川
秋田県由利本荘市鳥海町中直根(なかひたね)字袖川にある廃村。1973年に集落再編成事業によって無人化。最盛期6戸とされるが、現在は小屋ひとつなく荒地となっている。そしてその道のりを知れば、我々は往時の厳しさを深く心に刻み込まれる。
B級スポット評価
終末度合い | 22 |
訪問難易度 | 25 |
観光地要素 | 20 |
化石的価値 | 19 |
総合評価 | 86 |
訪問難易度は文句なしの満点。奥にある発電所以上に隧道たちを近代化遺産してほしいところだ。2018年時点でも離村から45年が経過しているため、集落の生き血を感じらえる要素はほぼ消滅しつつある。それでも道中を含め、森林に還る廃村よりはよっぽど見栄えがいい。
廃村袖川のさじなげ的B級ポイント
秋田県には古くから「マタギ」と呼ばれる狩猟民族が存在し、その鉱脈は鳥海地区にも芽生えていた。今回の目的地から少し南にある「百宅(ももやけ)集落」では長年その命が繋がれていたという。
狩人というものは、現代人では到底会得できないような強靭な体力、山への信仰と類まれなる知識を装備していた。狩りの前は性交渉はもちろん、一般人との関りを一切断ち身を清めたそうだ。
今回訪問する「袖川」も、決して生半可な気持ちで突入してはいけない。
鳥海町の県道20号線は昨年の大雨被害の余波があり、現在片側相互通行となっている。伏見(役所支所)から鳥海町トレーニングセンターと猿倉への入口をスルーし、崖沿いを抜けて少し北上すると「直根学習センター(旧直根中学校)」が見えてくる。
ここを起点とし、東にある岡田代(おかだしろ)から立居地(たていじ)に進むと上画像の地点にたどり着く。ここで一度深呼吸。
通常の廃村であればこの道を数分進めば見えてくるものだが…まあ出てこない。
この先には「袖川発電所」があるため、ときおり電柱をつたって車を進めることができる。中盤で分かれ道があるが、より険しそうな方を選ぼう。
その後最初に現れるアトラクションがこの水路跡。16本の橋脚に支えられた全長149mの代物で、これは北にある猿倉梵天野(ぼんてんの)から訪問できる「鳥海川第二発電所」に通じている送水設備だ。
昭和12年に作られたものだという。取れ高急成長右腕イキリ立ち。
更に進むと、ようやく見えてくるのが「袖川第一隧道」だ。
隧道手前は車が回転できる程度のスペースがあり、心臓に陰毛が生えていない童貞はここで引き返すこともできる。そしてここまでたどり着くと、しっかりとしたトンネルに「かつての林道跡」であることを感じ取るのだ。昭和36年までは森林軌道として使われていたらしい。離村12年前まで…?
「第一隧道」という名前に嫌な予感を覚えたのは正解で、その後すぐ出てくるのが本日の天王山「袖川第二隧道」だ。
途中に626メートルの長いトンネルがある。車がやっと通れるほどの狭い幅なので、長さが倍近くにも感じられる。 ※「秋田・消えゆく集落180」より抜粋
道中はサムネ通り複数構成になっている。入口は石段を積んだような丁寧な造り、その後鉄枠で囲まれたタマゴ型の工法。その後未着手というわかりやすい三段オチなのだ。
鍾乳洞のような雨垂れがとめどなく打ち付け、暗闇の中に反響が鳴り響いている。画像の通り途中には車体を大きく傾かせるほどの凹みが数多く存在する。
実際の何倍も何十倍にも感じられた長いトンネルを抜けると、そこでは滝のような水がマイナスイオンを出しながら飛沫をあげていた。三途の川を渡り、我々は天国に到達したのだ。
ものすごいアブが行く手を塞いだため、降りての散策は断念した。
肝心の集落跡だが、10年ほど前(正確な年は不明)から通う耕作者がいなくなってしまったことで田畑は荒れ地となっていた。この画像奥にも田畑があったが、同じように草が生い茂るばかりであった。
ここにはかつて「直根小学校 袖川分校」があったという。昭和24年に冬季分校として開設され、昭和42年に閉校した。最多児童数17名(昭和30年)。
集落のやや上流には、大正15年に操業を開始した袖川発電所がある。現在は自動化されているが、昭和40年代中頃までは、従業員の社宅があり、子供たちは分校に通学した。 ※「秋田・消えた分校の記録/佐藤晃之輔/2001」より抜粋
帰り道、はるか遠くに猿倉地区が見えた。これほどまでの奥地に集落が開けたのは、発電所従事という独自の事情があるためだった。
袖川にはどこか捨てがたい記憶が埋め込まれているように感じられた。道中は厳しいが、訪問する価値は十分ある。
【追記】2019年5月再訪。初回訪問時は大雨の影響で通れなかった悪路の先に、集落跡地の荒地が広がっていた。画像奥には発電所も確認できた。
ここは廃村の中でも知名度が高く、景観も良いために写真愛好家などがよく訪れるという。姿を変えながらも、人々に忘れられることはないようだ。また、道中は電柱が我々を導いてくれる。発電所まで至る「袖川(水槽)線」を手繰りながら進んでみてほしい。