東由利町立法内小学校 (ほうない)

About 東由利町立法内小学校
秋田県由利本荘市東由利法内上苗代沢にある学校跡地。1974年に蔵小(84年に高瀬小へ統合)と統合したのち、暫くは公民館法内分館として利用されていた。現在は建物が解体され、校門と石碑だけが残されている。
スポット評価
| 終末度合 | 14 |
| 訪問難度 | 14 |
| 観光要素 | 15 |
| 化石価値 | 15 |
| 総合評価 | 58 |
町からは忘れられたのだろうか。実質ノーヒントで見つけたため、訪問時の興奮は唯一無二だった。何もないはずだった場所に、時間は埋め込まれていた。
東由利町立法内小学校のさじなげB級ポイント
この町はあまりにも渋すぎる。2005年の合併以降、旧本荘市以外は急速に力を失い、メディアにはオシャレな飲食店ばかりが映るようになっていった。
特に東由利は15校が1校となる悪魔合体を成功させ、金利手数料は住民負担とすることで地域の活力を高圧洗浄せざるを得なかった。


大森町の坂部小に向かうルートなど、部外者はまず気にすることもない。上写真は学校ではなく克雪センターのためフェイクである。
当委員会としては高村分校に向かう正攻法なのでよく利用しているが、それでも法内小の場所は長らく認識できていなかった。

80年代以前の廃校は地図としてのデータが乏しいため、ストビューや現地を歩き回ることでしか見つけ出せない。
つまりは、上写真が廃校への入口である。一般人はもちろん、町在住者でも皆目見当がつかないことだろう。片っ端から坂道を登った者だけが辿り着ける場所、値千金の町がほとばりを照らす。
それは縮小の象徴


東由利町立法内小学校は1974年に閉校し、統合先の蔵小(2代目)は1984年に高瀬小(高村分校を含む)へ、その高瀬小も2011年に東由利小学校へ統合されていった。
googleマップも掲載時は無印となっており、ネット上では廃校跡地として認識されていない。

それでも地図ではそこにある。校門を構えたすぐ先に校舎が存在し、細い坂道と手前の空き地は車が登ってこれなかったことを表している。(※当時は車社会到来前であり、バスや徒歩通学が主流)
残念ながら現行の小学校沿革には2011年以前の歴史が記載されておらず、貴重な東由利キッズたちは学校跡を知らずに町を巣立っていくことだろう。


法内小学校の歴史を東由利町史以外で確認できるのはこの石碑だけである。
妙に丸みを帯びているのが特徴的で、ほかの廃校には見られない可愛げはレアポケモンのようだ。

かつてはこの坂道を登り、先生に挨拶する朝の景色があったのだろうか。
現地は僅かに耕作されていたような跡があったため、付近の住民が整備しているものと思われる。石碑や校門が残っていることも、見えない努力が実を結んでの今に繋がっているのだ。
分校出身者へのインタビュー冊子もできました。サイトに載せれない情報が大量に…