旧大潟村入植予定者観覧用農家住宅

About 旧大潟村入植予定者観覧用農家住宅
秋田県南秋田郡大潟村字東二丁目1-6にある住宅跡。2024年3月に村初の登録有形文化財に認定されている。
スポット評価
| 終末度合 | 13 |
| 訪問難度 | 09 |
| 観光要素 | 13 |
| 化石価値 | 19 |
| 総合評価 | 54 |
村はサイト開設初期に散策していたため、ここ数年で新たな動きがあるという可能性を見落としていた。最近まで新聞を読んでいなかったことがモロバレの無能状態である。
旧大潟村入植予定者観覧用農家住宅のさじなげB級ポイント
令和の米騒動というニコニコ動画のコメント不足に日本が揺れた昨今、政府は備蓄米としてインターネット老人を大量にダークウェブに送り込みスギ。涌井氏メディアで大活躍してて草wwww
普段から大潟村の玄米を購入している石塚としては、未来永劫コメ食に陣中を共にする決意である。

言わずもがな、大潟村はもともと日本第二位の広さだった八郎湖を干拓して作られた人工自治体として知られている。カンのいい大人からは、ソーラーカーや”僕にもできた”ソーセージ詰め体験スポットも記憶に新しいことだろう。
2024年には開村60周年を迎え、左右を倒さないと攻撃できないでおなじみ小畑勇二郎像も見事な立ち姿だ。元知事の華麗なる歴史を知れる資料館も存在するが、残念ながら2026年2月から休業している。


元々は更地だったこと、博物館や記念碑で比較するとよくわかる。
しかし歴史は干拓だけではない。その前後の建築遺産もよくその目で捉えておこう。
希望のまっさら大地


旧大潟村入植予定者観覧用農家住宅は1969年の第三次入植の際に国策で建てられた二階建て物件で、いまも住宅街の中に突如として現れる。いわゆるモデルハウスのようなものだ。
当時は入職年次ごとに統一された色の三角屋根が区画ごとに並び、東西南北ごとに造りも区別されていた。

開拓当時は農家集落と経済中心部を分ける計画もあったものの、結果的には現在の総合中心部を作る形にまとまっている。
入職者を象徴するするのが三角屋根だったそうだが、500棟以上あった住宅も時代とともに壊されていった。

しかしこの住宅だけは、村助役らの公舎や国際交流員(海外から来た村の職員)が一般住宅として利用され続けたため、その後も多目的集落会館のような立ち位置として生き残ったのだという。
残念ながら、現在は内部の見学はできないそうだ。今後の検討に期待したい。

ちなみに、近くには追加で文化財に入れた方がいいような廃墟もいくつか漂っている。
かつて数少ない人口増加村と言われたこの地も、時代とともに衰退が少しづつ進んでいるようだ。そんな中でも、残すべき文化や記録は忘れることなく捕縛していきたいものだ。
分校出身者へのインタビュー冊子もできました。サイトに載せれない情報が大量に…