二ツ井町立切石小学校 ~ファイト一発米代童子~

二ツ井町立切石小学校 (きりいししょうがっこう)

旧切石小学校 入口

About 二ツ井町立切石小学校

秋田県能代市二ツ井町切石字大倉にある小学校跡地。県道317号線沿いにあり、グラウンドは今も避難所として使われている。1879年開校、2008年閉校(二ツ井小学校に統合)。3,231名の若者がここから巣立っていった。

スポット評価

終末度合い 10
訪問難易度 6
観光地要素 12
化石的価値 12
総合評価 40

旧仁鮒小学校旧田代小学校と同タイミングでの廃校なため、ぜひともセットでの訪問をオススメしたい。こちらは随分オープンなつくりになっており、パリピが花火とかやってても遜色なさそうである。パリピがいるのかは不明。

二ツ井町立切石小学校のさじなげB級ポイント

北部の藤里町とともに「木都能代」を支えたウッドマン御用達のベッドタウン二ツ井。

今回の舞台は二ツ井大橋から見渡せる米代(よねしろ)川沿いの集落であり、お察しの通り現在も石切場としての役割を残す場場所である。さぞ屈強な若者が生まれ育ったことであろう。

旧切石小学校 敷地内

少々台地上の場所に立っていることと、トタン作りのせいで見た目は仁鮒より怖い。

遠くに見える「あ(りがとう)切石小」に哀愁を感じる。木が邪魔すぎる…

玄関

あからさまなツギハギ方式で作られた合体戦士であり、スーパー戦隊シリーズで廃校がテーマになった暁には是非販売を切望させていただきたい。

FPSなら新エリアごとに強い敵がいることであろう。うまく撮影ができなかったが、奥の教室側には屈強な作業機材(図工室)たちがひしめき合っていた。ラスダンか?ラスダンなのか?

玄関内部

きっと伝統芸能である「切石ささら踊り」のようす(平成7年)が掲示されている。
ここにあるのもいいんですけどどこか文化施設に移動してあげたほうが…

URL先を見ると現在も踊りは受け継がれているようである。切石はダンスやってるからな

二ツ井町立切石小学校 体育館

そして何より、体育館内部がとてもキレイだった。外観(記事サムネ)からは想像できないクオリティだったため驚きが大きかった。貴重な木造体育館は、いまもひっそりと歳を重ねていた。

ちなみに学校からすぐ後ろにはレストランがあり、何とも食欲をそそられる。しかし我々は食べ物にてんで興味がない。交通費を生贄に捧げ、廃校によだれを垂らしているのだ。

切石温泉

【2024年11月追記】
校舎跡近くにあるコミセン向かいの空き地周辺が、かつて営業していた「切石温泉」の跡だと判明した。
1980年代には周辺含め3件の宿があり、上画像の「出羽観荘」は美肌の天然温泉として有名だったという。純食塩泉の湯はスベスベで、石鹸以上の柔らかな質感が特徴だったそうだ。

【2025年7月追記】

切石小学校は2023年10月に解体され、その後入口は封鎖されていた。
2025年夏に再訪すると、石碑の位置を少し手前に変えて再整備されていた。

偶然散歩していた地元住民(入口手前の家のおじいさんはこう語る。

切石が開校するとき、俺方はタダ働きでグラウンドの土を持ってきたんだ。でも子供たちのためだからみんな喜んでやったんだよ。でもこれ見ればわかるべ?ほぐすときはタダじゃねえ。土無くしてももう誰も使わねえや?残念だあ。

悲しみを感じてか、石碑も微妙に傾いていた。

実は解体前の2023年8月に、当委員会は許可を得て切石小学校内部を撮影している。しかし「記録として」申請したため、市としては写真展やネットでの公開には許諾を出せないとのことだった。

日本語というのは難しい。悲しむおじいさんに何も見せてあげられなかった。