西仙北町立強首小学校 (こわくび)
About 西仙北町立強首小学校
秋田県大仙市強首字強首にある学校跡地。1964年新設の双葉小へ統合された後、校舎の一部が保育園へと転用された。現在は更地となっている。
スポット評価
| 終末度合 | 12 |
| 訪問難度 | 12 |
| 観光要素 | 13 |
| 化石価値 | 10 |
| 総合評価 | 47 |
かつての地形を知らない者にとって、強首は外れた温泉地帯に過ぎない。しかしその陰にはリゾート開発や水害に悩まされた住民の苦難の歴史があった。
西仙北町立強首小学校のさじなげB級ポイント
2年ぶりの東京出店がダブル台風の影響でキャンセルとなり、抱えた在庫を清算するべく営業や副業に精を出す委員一同。その頑張りに水を差すように、某イベントからは「ネガキャンをSNSに書くな」と上品な嫌がらせメールが届いていた。
結果中嶌は腰を痛め、くららさんにも協力してもらってなんとか食いつないでいる状態だった。
うなだれる中嶌の心をいやそうにも、ふれあいパークやおも観荘では誰とも触れ合えなかった。
そんな彼を励ます方法はないだろうか。我々はない頭を働かせ、知恵熱でガソリンを燃やしていた。
古来から、人が困ったときは樅峰苑に入ればいいと言われている。唯一無二のヨウ素泉は、インバウンド客や余所者にも等しく快楽を提供してくれる。
常日頃から多くの女性ファンを抱え、日夜本番(サイト更新)に励む中嶌もさぞ癒されたに違いない。骨抜きになったところを連れ出し、ついでに廃墟撮影を挿し込んだ石塚の勝利である。
不動の栄枯盛衰碑
西仙北町立強首小学校は1876年の開校で、1884年から現地に校舎が建てられている。
統合先の大仙市アーカイブスや西仙北図書館を調べたが、それらしき写真は残っていなかった。70年代からの強首温泉郷新規開拓ブームの頃も、写真は少ない。あるのは広報誌に映る数枚のみである。
しかし航空地図は嘘をつかない。1960年代(上図)では敷地を取り囲むように立派な小学校が建っており、よく見ると船着き場まで直接迎えることがわかる。きっと学習のために活用されたことだろう。
1970年代では西側の建物のみが残り、赤い屋根の建物が保育園用に新規で建てられたと推測できる。(南の建物は現在も残る農業倉庫)
一見不自然な入口に見えるかもしれないが、現在は学校跡から南部にかけて住宅団地が広がっている。
それでも人口は昔の方が多いことを考えると、1軒に対して複数名の子供がいたことがよくわかる。
敷地入口はかつての「強首保育園」の記載になっているが、校舎跡東側(職員玄関らしき位置)にいくと「強首小学校跡」の石碑がひっそりと顔を覗かす。シンプルだが揺るがない事実を示している。
背面には3行のみの簡素な沿革が綴られ、関与した人物が誰なのか、そしてどれほどの児童が巣立ったかまではわからない。
それでも我々はたいへんに満足だった。地図にのみ残る事実をその目で確認し、温泉に入る素敵な休日と廃墟沐浴を同時に済ませたという事実は揺るがない。ただ人との肉体的触れ合い不足だけが心残りなのであった。
分校出身者へのインタビュー冊子もできました。サイトに載せれない情報が大量に…